家庭料理研究家奥薗壽子オフィシャルサイト

Youtubeで奥薗あんこを紹介したら
映画の「あん」を、もう一度見たくなりました。
駅前にある小さなどら焼きや「どら春」に
一人のおばあさん(樹木希林)が来て
自分をアルバイトに雇ってくれないかというのです。
そのおばあさんは徳江さんと言い、年齢は76歳。
いやいやいや、こう見えても結構重労働ですから
店主(永瀬正敏)は断るんだけれど
時給200円でもいいから雇ってほしいといい
自分の作ったあんこを置いて帰るんです。
保存容器に入った手作りの粒あん。
店主は、いったんはごみ箱に捨てるんだけれど
思い直して、ごみ箱から拾い上げて
それから、しばらく眺めて
匂いを嗅いで
指で少しすくってなめてみる。
あっ、これは…
今度はもう少し多めに指ですくって食べる。
美味しい♪
表情だけでどれだけおいしかったのかが、伝わってくる。
そうして、徳江さんはここで働く事になるのです。
ここ、映画の最初の20分くらいのシーンなんだけれど
めちゃいい。
一度捨てたあんこを、ごみ箱から拾って味見するところ
店主(永瀬正敏)の誠実な人柄と、
温かい人間性があふれていて
半信半疑で口に入れた後の
美味しいって顔がかわるところ
これがまた、最高に良い。
この店主は、甘いもの苦手なのよね。
なのに、このあんこの美味しさは、しっかり受け止めた
こういうのは、味だけじゃないのよね。
美味しさって、味だけじゃないの
そこに、その人の、人柄というか、その人の人生というか
そういうものが全部入っていて
店主は、それをちゃんと感じ取れる人なのよ
徳江さんの人柄も、店主の人柄も
何か響きあうものがある、それが伝わってくる。
美味しいだけじゃない
もっと、深いものがそこにあって、共鳴している。
それが、伝わってきて、なんか、心が震えました。
そのあと、
徳江さんに、このお店で働いてくれませんか?って言うんだけれど
それを聞いた徳江さんの
ふぁ~っと光を放ったような表情の
なんと、幸せそうなこと。
本当に、少女みたいに見えた。
最初の20分足らずのこのシーンが素晴らしすぎて
いきなりやられました。
それから、徳江さんが、教えながらあんを煮るんだけれど
この辺はね、私は、自分のおばあちゃんのことを思いうかべました。
うちのおばあちゃんも、あんこを煮るのが大好きで得意で
自分の畑で小豆を育て
それを煮てくれたものでした。
私は、それを子供の頃から見て、
10代の頃から自分であんこを煮ているので
私は、徳江さんと同じように半世紀くらいはあんこと生きているなあ
なんて思いました。
さてさて、映画の話です。
この映画は、単なるにどら焼き屋の話ではなく
実は、もっと深いテーマがあるのです。
徳江さんは、手が不自由なんだけれど
それは、ハンセン病によるものでした。
10代の頃から、療養所暮らしだから
外で働く事が夢だったんだと思う。
それが、叶うことになって、どれほどうれしかった事か。
なのに、それが
真実を知らない心無い人たちの噂により
壊されていく事になるのです。
ネタバレになるので、詳しくは映画を見て下さい。
夢がかなって少女のようにキラキラした徳江さんと
療養所で過ごす徳江さんと
病気によって、いろんな自由が奪われて
いろいろ生きにくいことも多くあったと思うけれど
たぶん、そういう事よりも、
もっともっと悲しくて、残酷な事は
自分の生きがいや、喜びを、奪われることだと思った。
そしてそれを奪うのは
本当のことを何も知らなくて
何も考えてなくて
うわさ話で聞いただけのことに反応するような、
無知な人たちだということ
一番最後の徳江さんの言葉は、
前に見た時よりも、もっともっと心に響きました。
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人は、見るために、聴くために生まれてきたのよ
だから、なにものになれなくても
生きる意味はある
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いや、本当に、そうだと思いました。
徳江さんは
店長さんに、中学生のワカナに
そして、これを見ている私たちに、言ったんだと思う。
何にもなれなくても
生きているだけで意味がある。
そんな簡単で、分かり易くて、当然知っているようなことを
忘れてしまって
何者かにならなければならないと思ってしまうんだろう
何か結果を出さないと、生きている意味がないと思ってしまうんだろう
見たいものを見て、聞きたいものを聞けば
それだけでいいんだ
なんか、生きる勇気というか、力をもらいました。
うまくいくかなあとか
だめかもしれないとか
弱気になりがちな自分にカツを入れて
やれるだけのことをやってみよう
その先にどんな景色が見えるのか
それをワクワクしながら、前に進もうと思いました。
樹木希林さんの最後の映画です。
おすすめです。

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